2020年5月11日
<サブスク会計学>サブスクリプションとは何だろう
LTVとユニットエコノミクス



<要旨>


 サブスクリプションビジネスではROIの計算にユニットエコノミクスという指標を用います。ユニットエコノミクスは投資採算計算だけでなく、現状把握と改善のためにも活用される重要な指標です。ユニットエコノミクスの計算に用いるLTVは収益ベースのものと利益ベースのものがあります。収益ベースのLTVを用いた場合は集計が簡便であり、それが故に迅速な報告と意思決定が可能になりますが、精確性に欠けることなります。他方、利益ベースのLTVを用いた場合は精確であるものの、費用の集計に手間がかかり、それが故に報告と意思決定の速度は遅くなります。LTVはユニットエコノミクスの計算に用いることを前提に、それぞれの特徴を理解して活用する必要があります。

1.はじめに


  投資採算計算は、いくら投じれば将来どれだけのリターンを得られるかの計算のことです。投資対効果を計測する方法であり、投資意思決定の判断材料となります。投資採算計算には様々な手法が存在しますが、一般にROI(Return on Investment)が広く知られています。ROIはリターンを投資で除することで求められます。(※1)高ければ高いほど投資対効果が高い、効率が良いということになります。また、リターンから投資を控除した残額がプラス(リターン>投資)であれば投資によってリターンが得られるということになります。
 この考え方はサブスクリプションビジネスにおいても有効です。ただし、何をリターンとし、何を投資とするかが通常のROIとは異なります。売り切り型ビジネスの場合、どれだけの費用を投じれば、製品が何個売れるか、または、サービスがどれだけ利用されるかということが思考の中心でしたが、サブスクリプションの場合、思考の中心は顧客です。どれだけの顧客獲得費用(以下、CAC)(※2)を投じればどれだけのLTVが得られるかを考えます。そこで、ROIの計算構造を用いてユニットエコノミクスという指標をサブスクリプションビジネスでは用います。

2.ユニットエコノミクス


  ユニットエコノミクスは顧客1件当たりの採算性を示す指標で、LTVをCACで除することで求められます。(※3)ROIと同様、高ければ高いほど投資対効果(※4)が高く効率が良いということになります。またユニットエコノミクスからCACを控除した残額がプラス(LTV>CAC)であれば利益が得られるということになります。
 そうであれば、投資実行の前に計算したユニットエコノミクスがプラスのとき(LTV>CAC)、利益最大化の観点からは1円でも多くのCACを投じた方が合理的です。しかし、実際に投資を実行してみたら思ったほど顧客が獲得できずCACが増えてしまうことがあります。また、解約増等でLTVが減ることもあります。ユニットエコノミクスの実績値は投資を実行した後にしか分からないので、事前の計算上はプラスであったとしても、実際に投資を実行してみたらCACの増加やLTVの減少によりユニットエコノミクスがマイナス(LTV<CAC)になってしまい、顧客が増えれば増えるほど赤字も膨らむということがあり得ます。
 よって、投資実行前はいくらまでならCACを投下してもユニットエコノミクスがマイナス(LTV<CAC)にならないかを事前に把握しておき、許容額の範囲内でCACを投下し、投資実行後はユニットエコノミクスによる現状把握で改善につなげます。

3.収益ベースのLTVとCACの投下許容額


 ある企業が契約1件当たり月額定額100万円のサブスクリプションのサービスを提供しており、平均的な利用期間が24か月とします。このとき収益ベースでは顧客1件当たりのLTVは2400万円となります。(※5)では、この企業が収益と利益を増やすために新たな顧客を獲得しようとしたときに、CACをいくらまで投じることができるのでしょうか。 収益ベースのLTVではこの問いに答えることができません。なぜなら2400万円のサブスクリプションを提供するために必要な費用が不明だからです。例えば、もし、このサブスクリプションが飲食のサービスであれば、当然に食料や飲料の原価がかかります。また、飲食を提供するための人件費等もかかります。投下できるCACを知るためには、これらの費用を集計し収益ベースのLTVから控除した残額を知る必要があります。 よって、基本的に収益ベースのLTVのままではユニットエコノミクスの計算に用いるべきではありません。ですが、例外もあります。1件だけ提供しても100件以上提供しても費用が変わらない、つまり、顧客の数やサービスの提供数に費用が比例しない変動費の極めて低い業態の場合は、話が変わってきます。
(※6)この場合の新規顧客から得られる収益ベースのLTVはほとんどが貢献利益となりますので収益を利益の代替指標として扱うことで投下可能なCACを見積もることは不合理とまでは言えません。さらに言えば、収益ベースは計算が比較的簡便であり、簡便であるがゆえに報告や意思決定を迅速に行える等の合理的な側面もあります。

4.利益ベースのLTVとCACの投下許容額


  先ほど例に挙げた企業は契約1件当たり月額定額100万円のサブスクリプションのサービスを提供しており、平均的な利用期間が24か月でした。ここに条件を追加して、このサービスを提供するための原価と諸経費で毎月60万円の費用がかかるとします。このとき、毎月の利益は40万円なのでLTVは960万円となります。この場合、LTVの減少を考慮しなければ、CACに960万円まで投じることが許容されるのは自明です。CACの投下許容額を精確に知るためにもユニットエコノミクスの計算は利益ベースのLTVを用いるべきです。
 しかし、利益計算のためには費用の集計の手間がかかります。手間がかかるので報告や意思決定が遅れます。反面、投資採算計算及び現状把握と改善は高い精確性をもって行えるのです。

5.おわりに


  サブスクリプションのROIであるユニットエコノミクスの計算に用いるリターンに、収益ベースLTVを用いた場合、CACの投下許容額を精確に把握できません。反面、簡便で迅速という利点を有しています。他方、利益ベースLTVを用いた場合はCACの投下許容額が精確に把握できますが、費用を集計しなければならないので計算そのものに手間がかかり、それが故に迅速性に欠けることになります。それぞれを特徴を理解したうえで、使い分けることができた方が望ましいでしょう。


(※1) ROI=リターン÷投資
(※2) CAC(Customer Acquisition Cost)は顧客1件当たりの獲得コストです。
(※3) ユニットエコノミクス=LTV÷CAC
(※4) 投資対効果と表現していますが、投資には資本的支出だけではなく費用計上されるものも含みます。特にサブスクリプションの場合、顧客獲得のための営業やマーケティングの支出のほとんどが費用として計上されることになります。
(※5) (平均の)LTV=平均単価×平均期間
(※6) オンラインサロンやメルマガの有料会員、他にも漫画や小説などのコンテンツ系のアプリといったものが該当すると考えられます。
(※7) ちなみに田所(2017)やLeo(2015)やその他の巷のブログ等ではユニットエコノミクスは3以上が好ましい旨の言説が多数あります。

参考文献
・田所雅之, 2017.12.6, 『起業の科学スタートアップサイエンス』, 日経BPマーケティング
・Leo Faria, 2015.7.4, The essential SaaS metrics guide, Saasmetrics



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